エッセイ

Vol.5

裏切り者の日々(五)

日暮 雅通

2013.09.10

 小説や映画の邦題について、もう少し書いておこう。

 洋画の邦題のつけ方はいろいろあるが、大きく分けるなら三種類。原題をそのまま日本語訳する場合と、映画の内容から意訳する場合、それに原題のカタカナ表記をアレンジする場合の三つだ。原題を日本語にしにくい場合が多いことは、映画業界にいない私にもわかる。短い語数で圧縮した表現になっていたり、具体的な中身がまったくわからなかったり……いずれの場合も直訳ではだめだし、ニュアンスを崩さず別の日本語にすることも難しく、同情したくなるほどだ。

 とはいえ、原題をそのままカタカナにしただけの邦題を見ると、もう少し工夫はできなかっただろうかと思うことが多い。“Once Upon a Time in America”が『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』では、映画館の入場料を払う気が萎えるではないか。かつては『お熱いのがお好き』(“Some Like It Hot”)とか、『明日に向って撃て!』(“Butch Cassidy and the Sundance Kid”)なんていう、うまい邦訳題名があったというのに。

 そこで出てきたのが、原題のカタカナ表記にひと工夫する、三番目の方法らしい。『フォレスト・ガンプ/一期一会』(“Forrest Gump”)などが、その例だ。工夫は買うが、個人的にはいまひとつという印象をぬぐえない。

 カタカナだらけの邦題名を見ると、一時期(「平成の大合併」あたりで)爆発的に増えた、市町村名の平仮名表記をつい思いだしてしまう。すばらしい漢字表記があるのに、なぜ平仮名だらけにしてしまうのか。映画邦題と理由はまったく違うものの、結果的に安易に付けたような印象と字面の情けなさがついてまわる点は、同じではなかろうか。

 かつて、外国語を使えば洒落た感じが出るという考え方が多かったことは、確かだ。その“伝統”がいまだに残っているのか、あるいは昨今の観客(読者)は英語に慣れてきているから、カタカナだけでも大丈夫と思っているのか。……その両方かもしれない。

 たとえば、日本人マンガ家の単行本を見れば、カバー(表紙)にタイトルを英訳したものが書かれている確率が高いことに、気づかれるはずだ。日本語の題名だけでなく、英語の題名も入れることで、デザインがよくなる(洒落たものになる)と考えられているのだろう。直訳のできない題名を無理やり訳したり、担当者が適当に英訳したりしているので、時として噴飯ものの英語タイトル(Tシャツのロゴによくある恥ずかしい英語)がついていたりする。

 この傾向は活字ものにもあるらしく、日本語オリジナル本の題名を(カバー・デザイナーの要求により)英訳してほしいという依頼が、かつて私にも来たことがあった。

 カタカナとアルファベットの氾濫。『ハリー・ポッター』の著者による大人向けの作品“The Casual Vacancy”が『カジュアル・ベイカンシー 突然の空席』という邦題になったときも、首をひねった。前述の、映画における三番目の作成法を使ったようだが、本のカバーでは「突然の空席」の部分が小さく、副題扱いであり、「カジュアル・ベイカンシー」しか頭には残らなかった。

 ……などということを書きつつ、ハッと気がつけば、自分の訳書だってSFやサイエンスがらみのものはカタカナ題名ばかりではないか。いやこれはジャンルの問題であって、という言い訳はやめておくが、振り返ってみれば、カタカナ訳語の氾濫を加速させたのは、1980~90年代あたりのコンピュータ、通信、IT関係の書籍や雑誌だったという気もする。それに荷担していたのも、実は自分自身だったのかもしれない。理工系の版元にいた数年間、世はパソコンブームで、次から次へとカタカナの新語を生み出していたからだ。

 まあ、そうした日本語にない言葉をカタカナにせざるを得ないのは別として(これも言い訳か)、また、美しくかつ便利な漢字を使うことを忘れないということを前提として、時代が進むにつれて一般に許容されるカタカナ語が増えていくのは、しかたのないことかもしれない。かつて、「ミンチ」は「メンチ」として、「プラットフォーム」は「ホーム」として、日本語の中に定着していった。「缶バッジ」が「缶バッチ」としてその趣味の人たちの世界では定着したと言われる今、絶対に直さねばならないのかどうか、私にもわからなくなってきている。

「言葉は本来、伝承であって、教えるものではない」と書いたのは、福音館書店相談役の松居征直さんだった(『熱風』2005年2月号)。その意味では、言葉は伝承されるうちに変わっていくのかもしれない。

(終わり)



日暮 雅通(ひぐらし まさみち)

1954年千葉市生まれ。青山学院大学理工学部卒。
英米文芸、ノンフィクション、児童書の翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。

著書:『シャーロッキアン翻訳家 最初の挨拶』(原書房)。訳書:コナン・ドイル『新訳シャーロック・ホームズ全集』(光文社文庫)、ミエヴィル『都市と都市』(ハヤカワ文庫)ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』(創元推理文庫)、ラインゴールド『新・思考のための道具』(パーソナルメディア)、マクリン『キャプテン・クック 世紀の大航海者』(東洋書林)など多数。

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