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エッセイ

Vol.10

日本語は、頑固なダブルデッカー(十)

大岡 玲

2014.01.28

 日本の古典が村上春樹の小説に与えた影響は大きい、という論を、二十一世紀に入ってこのかたよく見かけるようになった。これは、直接的には、2002年に刊行された『海辺のカフカ』の中に、上田秋成の『雨月物語』に収められた「菊花のちぎり」や「貧福論」が組み込まれていたことがきっかけだ、という話もどこかで読んだ。

 『海辺のカフカ』がきっかけ云々という件については、恥ずかしながら未読なので、なんとも言えない。ただ、デビュー以来長らく村上春樹は完全にアメリカナイズされた作家だという評が根強くあって、そのことについてははじめから違和感があった。たしかに、最初期の『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』は、文体も構成もカート・ヴォネガットやリチャード・ブローティガンを見事に消化しきった観があったが、それと同時に彼らの小説にはない湿り気もたっぷり含んでいるのは、当時大学生だった私にもすぐに感知できたからだ。

 そして、日本の古典との関係については、村上春樹ご本人が、デビュー間もない頃行った村上龍との対談集『ウォーク・ドント・ラン』(1981)で述べている。どういう内容かというと、国語教師の両親、特に父親から『枕草子』や『平家物語』といった古典を幼い頃から読まされ、暗記してしまったというもの。食卓での話題が『万葉集』だったというのだから、おそれいる。本好きの少年だったから耐えられたのだろうけれど、いやはや、猛烈だ。高校生になった頃、「でも、もう、やだ、やだと思ったわけ。それで外国の小説ばっかり読みはじめたんですよね」という反抗期になるのもよくわかる。

 もっとも、本を投げ捨てるのではなくて、外国の原文に逃避する反抗だったというところが、骨の髄まで本好きという宿命を感じさせるのだが。ともあれ、その同じ対談の中で、自分にとっての名文の書き手を挙げる時に、村上氏はフィッツジェラルドやカポーティ、ヴォネガットとともに上田秋成の名を連ねているのである。

 村上春樹の「異世界」や「幽霊」好きを考えると、『雨月物語』の作者・上田秋成の名前が好みの書き手に挙げられるのも、なにか納得できる気がしてくる。のみならず、『海辺のカフカ』で言及されているという「菊花の約」は、すでに村上春樹初期三部作「僕と鼠もの」(と呼ぶらしい)の完結篇『羊をめぐる冒険』の骨格に影響しているという見解をwebで見かけたが(兵庫県立図書館司書の溝口めぐみという方の論)、なるほどそういう読み方もあるかと興味深かった。

 「菊花の約」は、『雨月物語』の中でも有名な一篇なので説明の要もないだろうが、気は心、ごく簡単に中身を述べるなら、母とつましく暮らす儒学者・丈部左門と兵学者・赤穴宗右衛門の、信義のためには死をも厭わない男の友情物語だ。宗右衛門は、兵学の弟子でありあるじでもあった塩谷掃部介が尼子経久に討たれたと聞き、急ぎ故郷の出雲に帰る旅の途中病に倒れる。その彼を左門が親身に看病したことから、ふたりは義兄弟になる。

 やがて、病が癒えた宗右衛門は、必ず九月九日の重陽ちょうよう(菊)の節句には戻る、と約束して出雲の様子を見に旅立つ。約束の日、左門は義兄の言葉を信じて帰還祝いの宴の準備を万端ととのえて待つが、一向に宗右衛門の姿は見えない。夜も更けあきらめかけた時、宗右衛門が影のごとくにあらわれるのだが、それは幽霊だった。彼は故郷で幽閉されてしまったのだが、左門との約束を守るために自ら命を絶って霊魂となり、戻ってきたのである。左門は嘆き悲しみ、翌日義兄の無念をはらすべく出雲に旅立ち、宗右衛門を監禁した赤穴丹治を討ち果たしたのである。

 友情と信義を守るために死を選んだ范巨卿はんきょけい張劭ちょうしょうの物語「范巨卿鶏黍死生交」(中国明代の白話小説集『古今小説』に収められている)に想を得つつ、さらに義兄の仇を討つという原話にはない部分を加えた秋成のこの「菊花の約」と、『羊をめぐる冒険』のどこが似通っているのかというと、友人(友情)、幽霊、復讐という重要ポイントの相似らしい。

 左門と宗右衛門の儒教的倫理にかないつつ、しかし、一抹男色的熱烈を感じさせもする友情に比して、「僕」と「鼠」のそれははるかにカジュアルではあるが、そういえばたしかに、「鼠」はある意味で、意識不明に陥っている右翼の大物に幽閉されたようなものであるし、しかも、幽霊となった「鼠」は、自分の記憶と自分の弱さを持った自分自身として「僕」に会いたかったから自殺をしたとも語るのである。そして、幽霊になった「鼠」の遺志を貫徹するべく、「僕」は時限爆弾で右翼の大物の秘書を爆殺する

 かつて『羊をめぐる冒険』を読んだ時、受身的な虚無を抱えた「僕」が、終結部で突然激しい暴力を行使することに、異様なショックを受けたのをよく覚えているのだが、「菊花の約」を重ね合わせてみると、不思議に腑に落ちるような感覚もある。かつ、「菊花の約」と『羊をめぐる冒険』の相似もさることながら、上田秋成と村上春樹という作家の立ち位置が奇妙なほど似通っている気がしてきて、さらに不思議の感が強まるのだ。

 上田秋成は、最晩年の随筆『膽大小心録』にもあるように、若い頃は俳諧にうちこみ、やがて和歌から契沖の国学へと興味の歩を進め、ついには賀茂真淵の弟子である加藤美樹うまきに師事した人である。と同時に、中年期から医業もおさめたのだが、その師である都賀庭鐘こそは中国白話小説をもとにした読本よみほんの創始者と言っていい人物だった。こうして秋成は、白話の題材をもとにした物語に、ヤマト言葉のしなやかな情緒をたっぷり加えて創作できる作家になったわけである。

 そして、村上春樹はというと、ヤマトの古典の教養の上に、アメリカ文学という現代の白話を乗せて自在に物語世界を編むというダブルデッカーを実現した、と言えるのではないか。そんなふたりの作家のありように、いついかなる場合でも他国の言語をかぶりたがる、しかも、みずからに都合よく変形した帽子にしたがる頑固な日本語の伝統が、透けて見えるような気がしてならないのである。

この項続く



大岡 玲(おおおか あきら)

1958年東京都生まれ。東京経済大学教授(日本文学)・作家

東京外国語大学大学院ロマンス系言語学科修了。89年『黄昏のストーム・シーディング』で三島賞、90年『表層生活』で芥川賞を受賞。書評やエッセイ、イタリア語を中心とした翻訳も手がける。近著に『本に訊け!』(光文社)、『文豪たちの釣旅』(フライの雑誌社)など。文芸誌『こころ』(平凡社)で、2013年4月から連作短篇の連載を開始。

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